ポスティングは自社の商品やサービスを宣伝するために作成した広告を各家庭のポストに配ることです。

効果的な宣伝方法として多くの業者で採用されていますがその歴史は古く、今から300年以上前から行われ、当時は「引き札」と呼ばれていました。

この記事ではポスティングの歴史を作った引き札について解説していきます。

またポスティングに関する情報を網羅した記事がこちらにありますので、他にも知りたいことがあれば確認してみてください。

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ポスティングの歴史を作った引き札とは?

引き札は江戸時代を発端に明治、大正時代にかけ問屋や製造販売元などが商品を宣伝するために作られました。

華やかな図柄が描かれていることから芸術品としても扱われており、現在は歴史の資料として保管され美術館や展示会などで展覧されています。

そんな引き札ですが、一体どのようなきっかけで誕生したのか順を追って紹介していきます。

・引き札の語源
・引き札の特徴
・引き札の種類

引き札の語源

引き札の名前の由来は「お金を引っ張ってくる」「引きつける」「お客を引く」などから来たという諸説があります。

「配る」ことを「引く」と言われていたのも語源の一つであると言われています。

また、「礼回し」「口上書」「安売り目録書き」とも呼ばれていました。

一方、大阪では引き札を街頭に巻き散らかしながら配るようになり、これが「ちらし」となり江戸時代からすでに呼ばれていました。

のちに全国に広まったこの「ちらし」が、現在の広告で使われるチラシの語源であると伝えられています。

引き札の特徴

江戸時代の引き札は木版印刷が使われており、当初は1~2種類の色による墨で描かれ、記載されている情報も屋号や業種、住戸のみしか書かれないシンプルなものでした。

時代の進展とともに宣伝文に加え、客の関心を引き付ける浮世絵を主とした絵が入るようになります。

デザインの特徴としては明るく色鮮やかで大胆かつはっきりした図柄で、めでたいものや話題なものなどが多くカレンダーや時刻表が付いたものもあったそうです。

そのため、年末年始のあいさつ代わりに配られたこともあると伝えられています。

明治に入ると木版から銅板、石版印刷に移行するようになり、より鮮明なものになっていきます。

引き札の種類

引き札はさまざまな目的で作られていましたが、主に次にあげる3つの種類によって使い分けられていました。

新装開店などの告知

新しい店舗が開店する際に、多くの住民に店を知ってもらうことを目的としたものです。

薬の効能や商品の説明を記したもの

薬の引き札は効能が長く書かれているのが特徴で、その文章の長さから一目見ただけで読む気力を失ってしまうと言われていました。

由来書には菓子の引き札が多く、主に商品説明のために作られたものです。

取扱商品や価格を記したもの

現在のカタログのようなもので、店の営業案内を住民に知らせるために作られました。

また、商品を通常より値引きするのを知らせるために作られた「安売りなどの告知」も種類として存在していたようです。

引き札で見るポスティングの歴史

日本でポスティングが初めて始まったのは延宝元年(1673年)にさかのぼります。

伊勢松坂の豪商である三井高利が江戸で小さな呉服屋を開業させ、店舗の名を「越後屋」といい、現在の三越にあたります。

三井高利は「店前現銀売り」「現銀掛値無し」「切り売り可」など、当時としては画期的なスローガンを次々と編み出します。

お客を集めるために多くの住民に知らせたいと考えた三井高利は、それらの文句を引き札に記してから道ゆく人に手渡しを行ったり各家庭へ直接配りました。

当時は江戸25万世帯に60万枚を配布したとされ、現在のポスティング費用に換算すると約270万円ほどの規模です。

店の生き残りをかけるための一大勝負でしたが、酒や割引券を進呈するなどのうたい文句も話題になったことから、大反響を呼ぶことになりました。

江戸時代を代表する作家である井原西鶴は、大商人の手引きを引用し日本最古のキャッチコピーが生まれ、このことが日本初のポスティングとされています。

当時としては斬新な手法で、あまりの反響の高さから周囲から反対されるほどでした。

引き札による宣伝が大成功した越後屋は、江戸一番の店として昇り詰めたのです。

引き札の配布時期は当初、夏冬の2回のみでしたが次第に回数が不定期になり、店の開店や安売りのたびに引き札が配られるようになります。

明和6年(1769年)になると江戸時代中期の発明家として知られる平賀源内が「歯磨き粉の引き札」を作ったのが話題になりました。

これをきっかけに引き札が広告を行う手段として定番になります。

大正初期頃までは引札の語が使用されていましたが、新聞広告が盛んになるにつれ次第にチラシに変わっていきました。

第二次世界大戦後になると企業がマーケティングを重視した経営方法が取り入れられます。

商業も多様化しチラシの量も増加したことから、昭和40年代に日本で初めてのポスティング業者が大阪で誕生しました。

このように誕生したポスティングは、現在では専門業者に依頼をするのが主流となっています。

配布方法については高い宣伝効果を得たい場合には単配、コストを抑えたい場合には他社チラシと同時配布の併配、と自社に合ったいう配布スタイルを選ぶことができます。

エリアや住居を選択する事も可能で、指定エリアのすべての住宅へ広告を配るローラー配布はA4サイズ1枚で3~4円ほどが相場です。

マンションや一戸建てなど対象に絞るセグメント配布は5~10円前後です。

近年はインターネットの普及によりブログで広告活動を行うこともでき、その場合は費用をかけずに宣伝ができる場合もあります。

しかし、ポスティングは費用はかかるものの、直接チラシをポストに投函することから確実に広告を手に取ってもらえる大きなメリットがあります。

ポスティングはマーケティングが行えるという強みがあり、様々な戦略は江戸時代から受け継がれているのが歴史を見て分かりますね。

引き札について解説しましたが、次第にビラ・チラシと名前を変え衰退時期を経て発展していった広告の歴史、全戸配布やセグメント配布についてなどこちらに詳しくありますので合わせて読んでみてください。

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ポスティングの歴史を作った引き札について解説まとめ

・引き札の語源は「お金や客を引きつける」という諸説から誕生したと考えられています。

・三越の前身である越後屋の創業者である三井高利が呉服屋の生き残りをかけて引き札の配布を開始しました。

・当初は木札で墨で文字が描かれるのみでしたが、技術の発展とともに鮮やかなイラストが描かれるようになります。

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渡辺 修平(Shuhei Watanabe)
渡辺 修平(Shuhei Watanabe)